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佐渡裕の離婚理由がすごすぎ!?どんな経歴?再婚したの?

「題名のない音楽会」に約7年出演し、日本が世界に誇る指揮者

として名を轟かせる佐渡裕さん

子供の頃から音楽に親しみ、高校・大学ともに、音楽を専門とする

学校へ通っていました。

 

当初は演奏者を目指して大学に進学しましたが、在学中に指揮者へ

開眼したようで、それ以降は王道とも言える道を歩んでいます。

 

現在は海外を拠点にして活動していますが、過去には離婚と再婚を

繰り返しています。

 

その離婚理由がかなり面白い。

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そんな彼について調べてみました。

 

 

離婚の理由は自分のわがまま

本名:佐渡 裕(さど ゆたか)

生年月日:1961年5月13日

出身地:京都府京都市

学歴:京都市立堀川高等学校

(現京都市立京都堀川音楽高等学校)

→ 京都市立芸術大学音楽学部フルート科

 

1989年に「ブザンソン国際指揮者コンクール」で優勝し

世界デビューを飾った彼。

現在ではオーストリアの有名な管弦楽団の「音楽監督」として

辣腕をふるっています。

新婚時代をウィーンで過ごしていましたが、相当なプレッシャーと

戦っていたものと推測されます。

 

日本人がヨーロッパを舞台に音楽で食べていく、全く触れたことの

ない世界ですが、相当な苦労を強いられることになると思います。

 

実際に壁にもあたっていのでしょう。

奥様に伝えたそうです「わがままに生きたい」と。

すると奥様は「あなたならそれが出来る」と答えたとのこと。

 

その会話の後に離婚を申し出たそうです。

それで離婚を受け入れてしまう、奥様の心の広さもすごいですよね。

 

 

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高校・大学と一貫して音楽の学校

京都市立堀川高等学校(現京都市立京都堀川音楽高等学校)から、

京都市立芸術大学音楽学部フルート科へと進んでおり、音楽一直線と

言う感じです。

 

当初は演奏者として進学したようですが、在学中に指揮者への志が

高まったものだと思います。

 

実は子供の頃から指揮者への憧れをもっていて、小学校の文集に

「ベルリンフィルの指揮者になりたい」と書いています。

 

演奏者を目指して進学したものの、子供の頃に描いた夢を捨て切れず

に大きな決断をしたものと思います。

 

本人の血の滲むような努力はもちろんあったことでしょうが、世界的な

名声を得る指揮者に上り詰めたのですから、大正解だったと言うこと

でしょう。

 

 

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現在は再婚して子供がいる

「わがままに生きたい」と言う理由で離婚に至ったわけですが、

現在は再婚して4歳のお子さんがいることを「徹子の部屋」

で語っていました。

 

この再婚についてネットユーザーの中では賛否があるようですね。

 

なぜ元の奥さんとヨリをもどさなかったのか…的な論調が多い

ようです。

 

それぞれ違う人生を歩んでいるわけですし、再婚する約束もして

いたわけではないでしょう

(それを破棄したのなら言われても仕方がない 笑)

 

指揮者になった、世界で活躍することも運命なら、現在の奥さんと

再婚したことも運命でしょう。

 

何より幸せに暮らしているのですから、無用なツッコミはやめに

した方がいいです(笑)

 

ちなみに奥さんの名前などは明らかになっていませんでした。

 

 

最後に

日本人で職業が指揮者として専業で食べていけている人は10人前後とのこと。

職業にするだけでも大変なことですよね。

しかも世界を舞台に活躍しているわけですから。

 

自慢できる日本人の一人と言っても過言ではありません。

 

様々なプレッシャーに打ち勝って今の地位を築いたことですし、今後も

ますます活躍して欲しいと思います。

 

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猫とさらりーまんと申します。

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