全国の小児科医がさじを投げてしまった
子供たちの最後の砦として、難病小児患者の
命を救うべく精力的な活動をしている
山高篤行さん。
小児外科医として、日本はおろか世界にも
その名は知られています。
2015年3月に
NHK「プロフェッショナル~仕事の流儀~」
で取り上げられたことをきっかけに、
彼の名は一層知名度の高いものとなりました。
そんな彼について調べてみました。
順天堂大学で恩師に出会う
名前 山高篤行(やまたか あつゆき)
*正確には「髙(はしごだか)」
生年月日 1959年
出身地 神奈川県
学歴 順天堂大学医学部
お父様が外科医をやっていたこともあって、
ある意味自然と外科医を目指したとのこと
です。
ただ、目指した当初は、漠然と外科医に
なることだけを考えていて、これといった
志はなかったと言います。
在学中はラブビー部に所属して競技に
打ちこんでいたそうですが、その時の
ラグビー部総監督だった宮野武名誉教授から
「ラグビーも手術も追求する姿勢に妥協はない」
という言葉をかけられると同時に、人として
医師としても様々な学びを頂いたこともあって
小児外科医を目指したそうです。
ただ手術の腕がよいだけではダメですよね。
やはりどんな職業も人間性は大事です。
特に医師は命と向い合せになることが多い
ですから、患者やその家族にとって見るべき
最初のポイントは人間性になりますよね。
そう言う点でもよい恩師に巡り合ったのだと
思います。
留学経験もあるがほぼ順天堂大学に勤務
詳しい経歴についてはこちらを参照下さい
キャリアのほとんどを順天堂大学で
過ごしていますね。
順天堂大学においては、
小児外科・小児泌尿生殖器外科の主任教授
と言う立場。
ちなみにこの外科は治療技術や知識などに
おいて、世界でもトップクラスだと言われて
いるようです。
そのため山高さんが行う手術は、年間に
1100例
と言われています。
単純計算で1日3例~4例をこなすことに
なります。
医療には全く素人の私でも、この数字は
とてつもなく多いものだと感じます。
難易度の高い手術を多くこなすことも
多いでしょうから、仕事とはいえ
相当な精神力をお持ちなのだと思いますね。
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現在は3つの大学に籍を置いている
今は順天堂大学の他に、
信州大学医学部
東京医科大学
と3つの大学に籍を置いて仕事をして
います。
そもそも…こう言う勤務体系が可能なのかと
思います。
複数に所属することはよくあることだと
しても、それぞれの大学は名だたる大学
です。むろんアルバイト的な感覚で在籍
しているはずもなく、どこに行っても
それ相応の立場でしょう。
年間に1100例の手術をこなし、3大学で
小児外科医として活動。
シビアな日々で激務が想像されますが、
TVでみる彼にはそう言ったことを微塵も
感じさせません。
最後の砦と言われる所以は、そんなところ
にもあるような気がしますね。
まとめ
近年は医療やかかわる研究の分野において
日本人の名前が世界をとどろいています
よね。
彼もそんな一人だと思います。
彼に命をつなぎ止めてもらった患者は
数え切れないほどいることでしょう。
日本どころか世界が必要としている彼には
ますます活躍してもらいたいですね。