相撲に欠かせない行司とは?力士と同じ階級社会の中身を紹介!

相撲は日本の国技として、老若男女ゆるぎない人気が

ありますよね。

相撲の主役は力士ですが、相撲には欠かせない裏方がいます。

力士とともに土俵へ上がり、きらびやかな装束で軍配を裁く

「行司」です。

力士と同じ階級社会ですが、その様相は大きく違います。 

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今回は行司の階級についてです。

階級は力士とほぼ同じ

立行司、三役格、幕内格、十両格、幕下格、三段目格、

序二段格、序ノ口格

力士の番付とほぼ同じ階級に分かれています。

最高峰は「立行司」。

「立行司」には「木村庄之助」と「式守伊之助」ですが、

格は同じでも序列付けがなされています。

その次が「三役格」。

土俵に上がる際には、草履をはくことが許されます。

本来は立行司の役割となる横綱土俵入りや、結びの触れの

口上は、立行司の人数や休場などによって担うこともあります。

2017年9月場所現在で立行司は式守伊之助のみ。

よって最近では、40代式守伊之助が出場停止や体調不良で

休場した際、三役格行司の11代式守勘太夫が1994年以来の

結びの口上を担いました。

土俵入りは木村庄之助不在時点から、三役格が交代で

務めています。

次が「幕内格」です。

幕内土俵入りの先導役の担当や、軍配の房の色が「紅白」に

なります。

次が十両格。あまり行司に馴染みのない方は、ここが一番

違いの分かるところはないでしょうか。

幕下以下の行司は、裾をすねまでまくり上げて裸足で土俵に

上がりますが、十両格からは足袋をはくことが許されます。

行司として「一人前」と言う証になります。

歴代の立行司も、行司になって一番嬉しかったこととして

「十両格への昇進」を挙げる人が多いと言われています。

次は「幕下格」「三段目格」「序二段格」「序ノ口格」となり、

この4つの階級は、行司としては「下積み」の扱いになります。

序列は基本的に入門が早い順

階級は力士と同様ですが、その序列のつき方は独特です。

力士は勝ち越し・負け越しで番付(階級)が上下します。

見ていて分かりやすいものですが、行司には明確となるものは

存在しないそうです

(差し違いの数などありますが、厳密ではない)

行司は、年齢に関係なく入門が早い順に序列が決定します。

極端な例を出すと、同じ誕生日の行司が1日違いで

入門したとします。

仮にその序列のまま立行司になるとすると、1日後に

入門した人は「木村庄之助」にはなれません

(定年が同じ日なので)

また、行司の階級が上がるのは、階級上位者に定年退職

などの欠員が生じなければなりません。

先程の例になぞらえると、1日前に入門した人が十両格に

なってから、次の欠員者が出るまで1日遅く入門した人は

幕下格のままと言うことになります。

上位者の年齢構成によっては、数年待たされることも。

階級社会とは言え、かなり強烈な仕組みだと思います。

過去には「行司抜擢制度(後述)」と言うものがあり、

悲喜こもごもの話もありました。

現在でも「特別昇進」と言う制度はあるそうですが、

行われていないのが実情のようです。

行司は満19歳までなることが出来ますが、ほとんどは

中学卒業と同時に入門することが多いです。

現役でも、高校卒業や高校中退で行司の人もいますが、

序列は入門順ですので、年下の先輩行司の後ろに位置する

ことになります。

年下の先輩行司の数によっては、立行司にはなれず、

三役格で定年を迎えてしまうこともあり得ます。

現在の行司で(十両格以上)、このまま進むと立行司に

なれずに定年を迎える人は、式守鬼一郎、木村朝之助、

木村行宏、木村千鷲が該当します。

特に木村行宏は、年下の序列上位者が6人いるため、

三役格さえも微妙な状況です。

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過去にあった行司抜擢制度

その昔「行司抜擢制度」と言うものがありました。

恩恵を受けた人、あおりを受けた人が存在します。

恩恵を受けた中で一番手は「第27代木村庄之助」でしょう。

彼が立行司になる時の序列は、3代木村正直、2代式守伊三郎、

4代木村玉治郎(27代庄之助)の順で、三役格の中では一番下

でした。

それが先輩二人を抜き、48歳と言う若い年齢で式守伊之助へ

昇進し、51歳で木村庄之助へとなりました。

歴代の立行司の中では、最も若くして立行司へ昇進しています。

その次に恩恵を受けたのは「第28代木村庄之助」でしょう。

幕内格で1名、三役格で1名を抜きました。

三役格で抜いたのは、27代庄之助にも抜かれた2代式守伊三郎。

56歳の年齢で立行司に昇進し、約10年勤めました。

逆に抜擢制度のあおりを受けた行司の一番手としては、前述で

名前の出ている2代式守伊三郎でしょう。

二人の庄之助に抜かれたため、立行司にはなれませんでした。

ちなみに2代式守伊三郎は38歳と言う若さで、三役格行司への

昇進を果たしています(入門も早かった)

結局立行司にはなれなかったので、三役格行司を144場所の長きに

渡って務めました。

しかも62歳の時に脳梗塞により行司現役中に逝去しました。

あおりを受けた二番手は7代式守勘太夫だと思います。

幕内格の最上位に位置していていたにもかかわらず、28代庄之助、

26代・27代式守伊之助の3名に抜かれ、幕内格の行司を27年間に

渡って務めることになりました。

その後三役格に昇進したものの、三役格を務めたのも僅か

11場所で定年と言うことになりました。

40代式守伊之助は53歳と言う若さで立行司に昇進しました。

彼の場合は抜擢制度ではなく、巡り合わせでの昇進です。

三役格時代、序列直前の4代木村正直は6歳年上でしたが、

癌のため現役中に逝去。その上の16代木村玉光とは9歳離れて

いましたが、病気を理由に立行司昇進を辞退したため、若くして

立行司になりました。

7代式守勘太夫は約27年間幕内格行司を務めましたが、40代

式守伊之助は約8年間です。

色々なドラマが垣間見えますね。

↓↓↓幕下格行司の木村亮輔が裁く「初っ切り」です

千原ジュニアも大絶賛!初っ切り!!(Shokkiri,Comic Sumo)(第37回日本大相撲トーナメント)

最後に

土俵上以外の仕事が見えにくい分、相撲ファンには行司の評価は

分かりづらいですよね。

とある立行司が「全員で切磋琢磨している」と語っていました。

力量に絶対に差がないとは思いませんが、行司と言う職業を遂行

するには、大きな力量差がつかないよう、全員が努力している

ともいえると思います。

入門順の序列のまま進むのは厳しい感じもしますが、それも

相撲界の慣例ですね。